対談:コロナ感染症:青木眞×高山義浩(後編)

[対談]コロナ感染症 青木眞X高山義浩(後編)

2020年初めに発生したCOVID-19(新型コロナ感染症)は全世界を席巻し、いまだに決定的な治療法が見つからないまま流行を繰り返しています。沖縄県立中部病院は沖縄県の感染対策の基幹の一つとして患者さんの受け入れを行い、また感染対策に関する情報をさまざまな形で発信してきました。
この半年のウイルスとの戦いについて、中部病院の臨床研修の修了生であり全国の感染症診療の相談役として活動している青木眞医師と、国や沖縄県の感染対策に詳しい当院感染症内科の高山義浩医師のオンライン対談を実施しました。

本稿は広報誌用に編集する前のロングバージョンです。

本対談は2020年9月16日にオンラインで行われました。
本稿の内容は発言者各個人の見解によるもので、所属する組織を代表するものではありません。

お二人からコロナについて市民に伝えたいことは何ですか?

高山 沖縄県内の集団感染は、主として飲食店、病院、高齢者施設で発生しています。飲食店といっても、半数以上がキャバクラやホストクラブで、あとはスナックやバーが続きます。特に「接待を伴う」というのがポイントです。
これらに共通する特徴は、マスクをつけられない人たちがいる。そして過密な場所という点です。

基本的に、まだこの流行は全然終わったわけではなく、おそらく1年2年は軽く続くし、もしかしたら数年にわたる可能性もあります。
その中で、検査体制とか医療体制とか、技術論のところ目がいきがちですが、やっぱり住民の皆さんに心がけてほしいのは、人が集まる場所に行く時にはマスクを着用するとか、公共物を触れた後には手洗いをきちんとするとか、そうした感染症対策の基本中の基本をコロナでもきちんとやっていただきたいということです。
そして、換気が結構大事らしいということも分かってきていて、人が集まる場所はいつも風通しを良くしておきましょう、ということです。1時間に1回窓を開けて風を通すというよりは、ちょろちょろでもいいから常時風が流れ込むような部屋で過ごすというのが基本なのかなと思います。
あとは高齢者とか、基礎疾患のある人に会いに行く時には必ずマスクをつけてほしいし、そうした感染予防がなかなかできないお子さんなどは、高齢者にウイルスをうつしてしまうリスクが高いから、流行期にはお子さんが高齢者に会いに行くのは控えていただきたいです。
これが基本の上で、先ほどのお話をもう少しだけするとすると、たとえば「夜の街」など、この感染症が流行してしまう場所がどんな所かを私たちは冷静に見る必要があって、そこの人達がどうして感染してしまうのか。そこに社会的支援が必要ならばちゃんとやっていこうということは、今後呼びかけて行きたいと思っています。
青木 僕は、ちょうど HIV が見つかった1984年にアメリカに渡り臨床を始め、そこからHIVとの付き合いが始まりました。80ー90年代のHIVが起こしてきた問題と、今のコロナが起こしてる問題って極めて類似している。 どちらも新しいウイルス感染症で、治療法もワクチンもない。最初は新しい感染症というのでみんな漠然とした恐怖感がある。その中で、特に日本で見られた、たとえばHIVにかかった人は悪い人、悪いことをした人、あるいは特殊なセクシャリティを持っている人。自業自得でかかる病気…といった、感染者に対する蔑視とか過剰なまでの恐怖感みたいなのを抱いている人がすごく多かった。その後鳥インフルエンザ、エボラ、今回のコロナと同様の問題が繰り返されている。
割と新しい微生物が出て来るたびに、この国の一般の人の反応の仕方が(特に公衆衛生面から)非科学的かつ非常に同化圧的、村八分的文化が強いなって感じます。
マスクしてないと白い目で見られたり、咳をするともう電車に居られないといった、コロナ警察みたいな感じの生きづらさを助長する社会的風潮が日本に顕著に出やすい印象です。コロナにかかるかどうかは基本「偶然」。どれほど注意しても本人の行動で完璧に防ぎきることができないにも関わらずです。
沖縄県立中部病院、徳洲会系の病院、千葉の旭中央病院など私が教えに伺っている病院は良心的な病院が多くて、一生懸命コロナ診ているんです。そういった病院に限って、そこの看護婦さんが保育園に子供を預かってもらえないとか、コロナ診てる病院だからと退院患者を老健施設で受けて貰えなくなる。コロナを診てる医療機関とか医療従事者に対して周囲が非常に冷たいんだよね。
患者さんは患者さんでコロナにかかると迫害される。休業、失業に追い込まれる。そしたら今度 PCR 陽性でも黙っとこうとか、味覚障害だけど検査陽性だったら会社行けないから受診するのはやめておこう、みたいに、社会の雰囲気がかえってコロナの封じ込めに不都合な方向に動いているような感じがします。その辺のことは一般の人には解って欲しいなあと思います。コロナを積極的に診る医療従事者・医療機関、そして患者さんを迫害して得るものはないですから。
高山 私はリスコミの失敗だと思っています。
いろんなところでクラスターが起きているのに、新聞メディアでは、病院で発生するたびにどこの病院で発生して何人が感染して、と失敗事例であるかの如く報道している。その根源はどこかと言うと県の保健医療部が毎日記者ブリーフィングで丁寧に「次は何々病院で出ました。そして今後は気を付けていきたいと思います、指導していきたいと思います」っていうことを繰り返す。その繰り返しが県民を少しずつ病院は危険なところだ、コロナを診てる病院は失敗ばかりしているっていう風に県民を洗脳してる部分があると思ってます。もう少し県側も公表の仕方を考える必要がありますよね。
青木 100%同意しますね。やっぱりリスコミの専門家を行政やマスコミの中心に置かないと。ブリーフィングで専門家の時間が取られちゃうんだよね。専門家がすべき発表を素人の政治家がするための準備に毎日毎日エネルギーを取られている。そこをもういい加減学んでリスコミを上手にやる人を揃えて欲しい。
高山 専門家と行政の役割分担がもう少し明確に、お互いリスペクトし合う部分が必要だと思うんですね。やっぱり専門家も政治家が国民から選ばれた民主国家としては代表者だっていうことに対するリスペクトが必要で。ここから先は彼らの領域だから彼らに決断させようというのも必要だし。一方で政治家もここから先はやっぱり専門家が判断すべきところだし、すべて選択肢を自分達に出してくれよ、自分達で勝手に思いつきのこと言わないから、というようなコミュニケーションが専門家と政治家との間でもっと必要だと思います。ただ県職員として弁護する気ではないんですけども、沖縄県は比較的うまくいってる県だというふうに思っております。
青木 戦略的に「ここの部分は政治家が、ここの部分は専門家が、ここの部分はリスコミのプロがやる」といった棲み分けを予め整理しておくことが大事ですよね。

医療者が学ぶべきことはなんですか?

高山 新型コロナの対策でいろんな専門家が議論を交わし、特にPCRのことなどで意見が割れて、とてもいいことだなと私は思っています。
その道の専門家がメディアを介さずに、Facebook とかTwitterなどのSNSで生の専門領域で議論し合っている、ある意味「劇場型」。その議論を市民がかいつまんで読みながら、あーでもないこーでもないとコメントを入れながら議論をしているのは、ギリシャ時代の理想の市民国家とはこういうものかなって思うくらい、健全な民主主義の方向性に専門家が乗っかってきてるんじゃないかなと感じています。
ただそれが単に SNS 上の劇場型の議論に止まらず、政治決断のところでも同様に議論されて、最終的には政治家がきちっと判断をするというところまで持っていければ、このコロナで私たち専門家の使いこなしってものを学んだってことになるんじゃないかなと思っています。
青木 僕は感染症を微生物の領域、臨床の領域、それと公衆衛生・疫学の領域に分けます。この3領域のバランスを整えることが大事。
日本はこれが先進国の中でダントツにアンバランスで、圧倒的に公衆衛生や疫学の人の数が足りない。他方、微生物の専門家が非常に多く、彼らが行政の中心にいて、専門分野でもない国家や地域全体の公衆衛生的な判断をしてきたわけです。結局、これが施策を科学的に反省する文化を作れないできてると思うんですよね。まあ科学的に反省する文化の無さが公衆衛生や疫学領域の脆弱性を放置させたのですが…
そういった意味では医療者としてコロナから学ぶ最大のものは、癌でも筋梗塞でもコロナでも、国全体を見て指令を出すような公衆衛生的な組織がもっときちんと存在する国になってほしいということです。
編集部 それはCDCというイメージですか?
青木 それに近いと思います。CDCにどのようなミッションを与え、どの程度の予算や権限と機能を与えるかは国とか行政の意志・ポリティカルウィルです。米国のCDC年間予算1兆円。日本の感染研は60億円くらいかな。予算も違うし、組織力も違うし、ミッションも違うよね。日本の感染研は職員が自分の好きな研究を行うアカデミアに近い気がします。アメリカの CDC は軍服着て学会会場に来ます。軍人と同じ制服を着た公僕。陸軍、空軍、海兵隊と同じ国に仕える組織なんです。自分の好きなバイキンとか微生物を研究する機関ではなくて国家の安全保障とかそういった目的のための組織なんですよね。日本にはそういった意味での司令塔組織がありません。保健所は地域でそういう仕事してますけども。国全体で警察官や消防士と同じようなスタンスで感染症に取り組む組織が必要だと思います。
編集部 まとめとして言いたいことはなんですか?
高山 このコロナの流行が起きたことで、人類社会が成長したねって実感できるようにできたらなと思っています。 たとえば都会がすごく過密で感染症に脆弱なことに気づかされました。まあ、あの満員電車が異常ですよね。そうした異常さに気づいて、都市にもう少し快適さを取り戻していきましょうと。都市への集中を減らして、代わりに地方の豊かな暮らし、沖縄らしい暮らしや価値観を再発見して行ければと思います。
そしてもう一つ、人種や貧富の格差の問題をこのコロナの被害は浮き彫りにしたと思ってます。健康格差やアクセス格差、そして教育の方ではデジタル格差。コロナをきっかけにそうした格差に気づいて、そして感染症から社会を守るためにこの格差の問題も解決していかなければなりません。
感染対策って最終的に利他主義にもとづく連帯なのかなと感じてます。ワクチンのこともそうですが、他人を守るために自分自身が感染しないようにする、あるいは感染をさせないようにみんなが心がけて行く。そしてそれが出来ない人達はなぜできないのか、社会の構造から慮って必要なシーンにつなげていくことが、引いては感染症に強い社会を作っていくことにつながるのではないかと思っております。
青木 世界中の人が感じてると思うんですが、テレビ会議などオンライン以外、人と人が直接会えないということが、如何に寂しいか悲しいかってことです。コロナは「人間って社会的な動物だったんだ」っていうことを改めて教えてくれた病気だと思うんですよね。人と人が昔のような、あるいは新しい形で交流できるような仕組みができていくといいなと思うんですね。

高山先生が「格差」っておっしゃったんですけども。世界的に見ると、対人口あたり一番人が死んでる国、地域を見ると、アメリカ合衆国がナンバーワンです。そしてこの国は強烈に、慢性的に格差社会ですよね。ブラジルもそう。こういう強烈な格差が長期間存在している国がコロナのコントロールが一番出来てない。
逆に低所得国家なんて言われる、例えばベトナムでなどが感染をピタッと押さえたりする。そういった意味で、コロナは格差とか社会の在り方や価値観を表現する疾患、お互いを助け合う仕組みみたいなものを改めて考えさせる病気だったなぁと思うんです。
それから一極集中のことを高山先生おっしゃってましたけども。HIV もエボラも、最近のパンデミックになりかかった感染症は全部人畜共通感染症なんです。例えば猿から HIV が入ってくるとかMERSやSARSがコウモリから入ってくるとか。(今回コロナの場合は、そのまたどこから入ってきたかまだよくわかってないんですけど。)全て地球規模で自然破壊とか気候変動が起き、さらに人と自然界とのインターフェースが増えすぎた結果です。

ですから人間だけが繁栄したらいいんじゃなくて、「ワンヘルス」的なアプローチで、自然が守られ動物が守られ、地球が調和した空間になっていかないと、今後、我々は何回でもコロナにやられちゃうんじゃないかなーって感じしますね。

そういう意味では、人間はもうちょっと温暖化とかそういうのに真剣に立ち向かわないといけないんだろうなと感じてます。

それから日本だけのことで言うと、やっぱり公衆衛生的な領域の人たちをもっと増やし、大事にする国になんないとなという風に思います。
編集部 COVID後の世界は人間の社会の成り立ちをあらためて問い直されている様な状況だなと思っていました。
本日はどうもありがとうございました。

用語解説

  • 「凝固が高まる」:重症のコロナ感染症で発生している血栓症のこと。
    医学論文:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32073213/
    一般向け:https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t344/202005/565551.html 本文に戻る
  • サイトカインの嵐
    からだの免疫担当細胞がウイルスなどの病原体と闘う際、サイトカインと総称される多種類の物質を放出する。重症のコロナ感染症などではこのサイトカインが過剰に放出され、制御を失った免疫系が臓器を障害することがある。サイトカイン・ストームとも呼ぶ。 本文に戻る
  • 川崎病
    小児の全身の血管に炎症が起きる原因不明の病気。4歳以下の小児に多い。最初に報告した川崎富作医師の名前を冠し、世界的にこの名称で呼ばれている。
    国立成育医療研究センターのページ:https://www.ncchd.go.jp/hospital/sickness/children/030.html 本文に戻る
  • NIHのファウチ博士
    NIHはアメリカ国立衛生研究所。アンソニー・ファウチ医師はNIH配下のアメリカ国立アレルギー・感染症研究所の所長。
    https://www.c-span.org/person/?anthonyfauci 本文に戻る
  • ファクターX
    「未知の要因」のこと。本稿では日本人のコロナ患者数・死亡数が少ないことを説明できる「まだ知られていない理由」。iPS細胞の山中伸弥教授がこの文脈で使った。
    TOKYO FMの山中伸弥医師インタビュー:https://news.yahoo.co.jp/articles/9b75b4ebfb02bf43f1593a1508ee8d4f386b31e7 本文に戻る
  • CDC
    疾病対策予防センター(公式訳語なし)。米国のものが有名だが、中国、韓国でも設立されている。
    米国CDC:https://www.cdc.gov/ 本文に戻る
  • リスコミ:リスク・コミュニケーション。リスクに関する正確な情報を関係者間で共有し意思疎通を図る方法。 本文に戻る
  • 感染研:国立感染症研究所
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/ 本文に戻る
  • グラム染色
    細菌を色素によって染め分ける方法の一つ。臨床医療の現場で入手しやすい器具と染色液で簡便に実施可能で、採取された喀痰や尿などの検体に細菌がいれば、数分の手技でその特徴を光学顕微鏡で観察できるので、感染症の原因菌の推定方法として基本的かつ有効な方法。県立中部病院では初期研修医が最初に身につける技術の一つ。
    日本臨床微生物学会誌より
    http://www.jscm.org/journal/full/02504/025040265.pdf 本文に戻る
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