対談:コロナ感染症:青木眞×高山義浩(前編)

[対談]コロナ感染症 青木眞X高山義浩(前編)

2020年初めに発生したCOVID-19(新型コロナ感染症)は全世界を席巻し、いまだに決定的な治療法が見つからないまま流行を繰り返しています。沖縄県立中部病院は沖縄県の感染対策の基幹の一つとして患者さんの受け入れを行い、また感染対策に関する情報をさまざまな形で発信してきました。
この半年のウイルスとの戦いについて、中部病院の臨床研修の修了生であり全国の感染症診療の相談役として活動している青木眞医師と、国や沖縄県の感染対策に詳しい当院感染症内科の高山義浩医師のオンライン対談を実施しました。

本稿は広報誌用に編集する前のロングバージョンです。

なお本対談は2020年9月16日に行われました。
本稿の内容は発言者各個人の見解によるもので、所属する組織を代表するものではありません。

コロナの全体像について、伝えたいことはなんですか?

青木 普通、風邪とかインフルエンザって割と臨床像が均一なんです。インフルエンザだったら急に発熱して体中の筋肉が痛くてというように。ところが今回のCOVIDは、最初は普通の呼吸器系のウイルス感染症と捉えていたら、思いのほかに凝固が高まったりサイトカインの嵐が起きたりして呼吸器系の臓器に留まらなかった。
子供では川崎病みたいに見えることもあって、呼吸器ウィルス感染症と括るにはちょっと新手のウイルスだなという印象を持っています。
高山 いわゆる風邪としての病態と、重症化してゆく病態との乖離が激しいですね。それだけに住民に対するリスコミュニケーションが難しいと思っています。少しづつ人への適合性を高めつつ、病原性も落ち着いていくのがこれまでの新興感染症の特徴だったと思います。
ところが、今回のようにいきなり感染力が高くて効率的に拡がるという側面と、高齢者の命を脅かすウイルスという側面とが、共存しているというのは違和感があります。青木先生にお聞きしたいんですけど、こんなウイルスがいきなり人類を襲っくるのは不思議ではないですか?
青木 非常に鋭いご指摘で、全く同じことをNIHのファウチ博士が言ってました。
半分近くの人が無症候、一見穏やかそうだが感染力はしっかりある。だから感染拡大の勢いが強い。一方で高山先生がいみじくもおっしゃったように、1週間近く落ち着いていて「そろそろ改善するかな?、退院かな?」と思う頃に突然悪化して、時間単位で人を殺してしまうという臨床像は極めてユニークです。そういう意味では私は「これバイオテロ的な人工物じゃない?」と密かに思ってるんですけど…(笑)。
まあペンタゴンを始めとする政府機関が可能性を否定してますが…でも Scientific に完璧に否定されてないことも事実なんです。いずれにしても高山先生がおっしゃったような違和感が私の中にもあります。
初めてじゃないかな、人間がこういうウイルスと出会うのは。
編集部 免疫が関与し複雑だということですが、免疫発動のどの辺が複雑さ、または個人差が出やすいところに反映されているのでしょうか。
青木 ちょっと迂遠な話をしますと、症例検討会に出てくる内科の病気って感染症だと心内膜炎と結核と梅毒、他の領域だと SLE とか悪性リンパ腫などでだいたい決まってるんですよ。これらの病気には、臨床像のかなりの部分が免疫現象だという共通点があります。
免疫が関与すると、個体によってレスポンスのしかたが極めて違うため、途端に臨床像が多彩になります。だから簡単には診断できず症例検討会に持ってこいなんです。
COVID-19も、前半はウイルス自身の増殖がメインなんですが、後半のサイトカインの嵐など免疫反応が主体になってくる辺りからは非常に個人差が出やすくて、具体的には風邪や肺炎といった呼吸器系、不整脈や心筋炎・心不全といった循環器系、血栓症による脳血管障害といった神経系、特殊な皮疹などと多彩な表現となります。
編集部 こどもの川崎病様の様態というのも、そういうところにあるのでしょうか。
青木 そうですね。通常の川崎は乳児に多いけれどもSARS-CoV-2による川崎病様の病態(SARS-CoV-2–Related Inflammatory Multisystem Syndrome in Children)は10歳ぐらいの小児でみられます。それもこどもが全員そうなるわけではなく人種差もあるようです。
最初の頃はお子さんや若者は軽くて済むだろうって言われたんですけど、だんだん裾野が広がってくると結構若者でも死亡するとか、子供でも重症例がないわけではないって言うことも分かってきてますよね。
高山 ヨーロッパの報告では、若者の重症例も少なくないようです。一方、日本ではやっぱり若者たちの重症例は少なく、そして死亡例はほとんどないですね。
ここはやはりファクターXなんでしょうか。
青木 そこはファウチ博士に聞いてください。青木にはとても難しくてわからないですけども。「まだ僕らはきっとこの病態の一部しかわかってない」という謙虚さが大事だと思います。
編集部 強毒・弱毒という話も聞きますが、それもまだはっきりしたわけじゃないと。
青木 また迂遠な説明すると僕は「抗生物質に強い弱いはない」と講義するんです。ふたつの抗菌薬のどちらが強いか・弱いかを知るためには、2つ抗菌薬が入った2つの試験管の、温度は同じ、 pHも同じ、菌量も同じ・・と揃えたうえで、菌の減少する速度を2つの試験管で比べて初めて強い抗生物質・弱い抗生物質と比較できるんです。言い換えると抗菌薬の種類以外は同じであるように揃えなければならない。
コロナウイルスが以前に比べて弱毒化しているか(具体的には死亡率が下がっているか)を観察するには、以前と現在の状況をウイルス以外は全く同じにしないと適正な比較だと言えないのです。
死亡率の低下の背景には医療技術の前進という部分があります。診療技術が改善していれば、コロナの病原性が全く同じでも救命率はあがり弱毒化しているように見えたりします。それを「弱毒化」と言ったら高山先生たちの立つ瀬がないんじゃないかな。
またPCR検査数が不十分な時には症状の強い重症例とその死亡率ばかり見ていましたが、検査が行き渡れば軽症者・無症候者も分母に入ってくるので、当然、計算上の死亡率は下がり「弱毒化」しているように見える筈です。一般論として新興感染症は初期は重症のICU症例だけが観察対象なので死亡率が高くみえますが、やがて軽症例、無症候例がコミュニティに沢山みつかると計算上自然に死亡率がさがり「弱毒化」したように見えるのです。
高山 春の流行と比べて、夏は致命率が下がっているとの指摘もあります。しかしそう単純に比較できるものではなく、検査体制が変わってきたことも踏まえる必要があります。たとえば3月の沖縄におけるPCR検査能力は1日160件ぐらいでした。どうしても若い人たちは後回しになり、結果的に検査を受けられない人も少なくなかったのです。一方、7月には1日480件の検査能力に向上していました。これ以外にも抗原検査など診断方法も多様化しています。当然、捉えられる陽性者は増加しますから致命率が低下しているように見えるのです。
ただ一方で、青木先生がおっしゃったように、春から夏にかけて治療法も向上してきました。体位変換のタイミングなどですね。そういう経験値が上がって来たことも、もしかしたら致命率を下げているかもしれれません。あと高齢者の早期受診も定着してきました。それによって早めのステロイドの吸入などが始められるようになっています。そういう医療アクセスの良さっていうのも、もしかしたら欧米と比べると日本の致命率を押し下げているかもしれません。
ともあれ、ウイルスの弱毒化ばかりでなく、検査体制、医療体制など総合的に評価する必要があると思っています。

沖縄でのコロナ対策のポイントはなんですか?

編集部 事前ブリーフィングで高山先生は「4月は封じ込め、7月はクラスター対策、8月は重症者の医療体制を維持したので9月は共生の道筋を模索しているという」ということでした。
青木先生は「コロナ下であっても通常の感染症診療をおろそかにしないのは流石とのことでした。まずは高山先生の方から対策の流れを詳しく教えてください。
高山 沖縄県では、4月に小規模な流行を経験してましたが、7月後半から人口比では全国で一番となる第2波を経験しました。島嶼県という特性から、原則として、県内の医療リソースで対応することが求められたのが難しいところです。
流行初期にはクラスター対策を行ってきましたが、米軍や夜の街での集団発生を認め、加えて渡航者や接触者からの感染拡大もあったため、7月31日に県は独自に緊急事態宣言を行っています。その後も陽性者数の報告は増加し、8月に入ってからは、1日50人から100人で推移するに至りました。
沖縄県では、1日に480件のPCR検査ができる体制をとっていましたが、有症者と濃厚接触者に加えて、不安を覚える無症候者の検査希望が殺到したため、有症者と重症化リスクの高い患者を優先せざるを得ませんでした。
また、事前の話し合いで200床を新型コロナ対応として確保していましたが、もともとの病床稼働率の高さから、速やかな運用に繋がらずに医療崩壊するのではないかと強い不安を覚えました。
ただ、県民による外出自粛への協力もあって、8月14日をピークにして新規陽性者数は減少傾向となり、中等症以上の入院患者数も8月21日をピークにして減少傾向となりました。
今後はこのウィルスと、どのように共存していくか、あるいは封じ込めに力を合わせるかということで、観光、経済界も交えつつ議論しています。
青木 抗ウイルス薬やワクチンといった医薬品に決定的なものがまだ無い中で、基本的な対策としてSocial distancingや隔離や、マスクをしたりという介入で戦うことを行政的なNPI(非薬物的介入)というんですが、そのあたりは高山先生、本当にご苦労様だったなぁと思います。ありがとうございました。
一方では日本各地のクラスターを一生懸命に応援している実地疫学の連中から聞くと、病院によってはもう使える抗菌薬はひとつメロペネムだけっていう感じ。もともと病歴も身体所見も危険で検討できない…というので診断も微生物名もなんだか分からないまま、なんでも大丈夫なはずのメロペン(=メロペネムの商品名)だけ行っとこうかみたいな。何て言うんですかね、粗末な診療に押し流す圧力ってものすごい強烈なんですよね。
沖縄はさすがに喜舎場朝和先生の弟子達、成田・椎木・高倉・横山先生たちがしっかり踏みとどまってきちんとやってる。「ああいった姿って研修1年目2年目の連中にすごくいいインパクトを将来的に与えんじゃないかな」と思っています。偉い!
高山 クラスターが発生した病院とかに感染対策のアドバイスに伺うんですけど、集団感染が発生して、大変苦労された療養型の病院があります。そこに感染症対策のアドバイスに伺ったとき、ご年配の先生がいらっしゃって、陽性者の喀痰をグラム染色していると言われるんですね。
そもそも70代のご年配の先生にコロナの診療は避けていただきたいし、聴診もしなくて結構ですよと申し上げました。ところが「今はコロナウイルス肺炎かもしれないけど、今後、高齢者なら細菌性肺炎になるかもしれないじゃないか。だからグラム染色が必要だ」とおっしゃるんです。「抗菌薬を使う時にはグラム染色をしろと喜舎場(朝和)先生から言われている」と、何十年も前の指導だと思いますが、こういう感覚が染みついているのはすごいと思いました。
青木 それ沖縄だよなあ。
編集部 対策の基本は封じ込めですよね。4月のフェーズはそういう風に来た思うんですけど7月も封じ込めに入ったっていうことですね。
高山 7月の頭は封じ込めというよりもクラスターを早期に発見して個別に封じ込めていくっていう、基本的な日本式のクラスター対策を沖縄でも行ってました。
編集部 ちょうどその時に米軍クラスターが発生しましたね。
高山 あの時、私の感覚では不意打ちを食らった、という感じがあるんですね。Gotoキャンペーンも含めて旅行者が増えてきているので本土から持ち込まれる可能性が高いから、そこに対してきちんと警戒を高めていこうというふうに観光事業者の方々に呼びかけたり、あるいは飲食店の組合の方々に呼びかけていたところ、いきなり米軍でのクラスタがあるって事がわかり、しかも7月4日の独立記念日に大きなパーティーを各地でやってるって事を聞いて。
しかもその映像を見るとマスクもつけてないで非常に過密な状態で皆が踊ってる映像を見た時にはかなり戦慄しました。
編集部 そういう時にですね例えば松山で PCR やるとか北谷でやるとかですね、大体これ必要だろうなと思ったら既に高山先生がそこに入ってるんですけど。そのフットワークの軽さというかですね、その身軽さは一体どこから来てるんですか?
高山 いやあ、そこで陽性者が出てるとそれを辿っていくのがクラスター対策の基本ですから、その情報を県は速やかに保健所から把握しますので、そこに入って調べるというのを地道にやるべきだと思ってたので。
高山 PCR検査とか含めていろいろ試行錯誤して、たとえば空港などでの検査をもっと拡充したりとかいろいろ意見がありますが、青木先生から見て、気づかれたこととかもっと提案ありますか?
青木 私は公衆衛生の専門ではないですが。
ただ世界中のアメリカのような凄まじい国力の有る国でも基本的に十分な量の PCR って揃えられなかったですよね。そしてアボット(製薬会社)とか抗原検査作ったらもうどんどん戦時体制的な認可のし方をして。ともかく必要なところにいつでも検査ができるようにしようという基本的なドライブがあり、それは沖縄もアメリカも一緒だったと思って見ています。
ただ本当にご苦労だったろうなと思うのは、非常に限られた資力とか財力、ラボのパワーなど考えると非常に限られた使い方しかできなかった、要するに鉄砲の数が限られてる時にどの兵隊に渡すかって言うことですよね。
もと国立感染症研究所実地疫学プログラムの指導医であった谷口清州先生とよく話すんですけど、彼はよくアフリカの例を出す。5人分とか10人とかまとめてPCRかけてポジティブだったらまたその中を分けて行くみたいな。言い換えると10人分を1度にPCRして陰性ならば10人全員の陰性を確認できる。検査数に限りがある中でもやり方はあるのです。
高山 米軍の軍雇用員の1000人に検査をやった時はそのプール式でやりました。
青木 ですから、広く網を掛けるというやり方でやるんであれば、プール式というのは日本中もっと広くやられても良いかなと思ってます。やはり国全体の司令部が「PCR をどのように用いるか」を臨床場面の軸と公衆衛生的なコントロールの軸で整理して出すことが望ましかったと思います。高山先生の方がよくご存知なんでしょうけれども、本物のCDCがそろそろできたらいいのになあと思います。大事なのは全体を見渡す司令部が存在して、その時点、その時点での最適の戦略をつど考えていくという事です。

後半は広報誌ゆいちゅうぶのリリースに合わせて掲載します。

・お二人からコロナについて市民に伝えたいことは何ですか?
・医療者が学ぶべきことはなんですか?

用語解説

  • 「凝固が高まる」:重症のコロナ感染症で発生している血栓症のこと。
    医学論文:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32073213/
    一般向け:https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t344/202005/565551.html 本文に戻る
  • サイトカインの嵐
    からだの免疫担当細胞がウイルスなどの病原体と闘う際、サイトカインと総称される多種類の物質を放出する。重症のコロナ感染症などではこのサイトカインが過剰に放出され、制御を失った免疫系が臓器を障害することがある。サイトカイン・ストームとも呼ぶ。 本文に戻る
  • 川崎病
    小児の全身の血管に炎症が起きる原因不明の病気。4歳以下の小児に多い。最初に報告した川崎富作医師の名前を冠し、世界的にこの名称で呼ばれている。
    国立成育医療研究センターのページ:https://www.ncchd.go.jp/hospital/sickness/children/030.html 本文に戻る
  • NIHのファウチ博士
    NIHはアメリカ国立衛生研究所。アンソニー・ファウチ医師はNIH配下のアメリカ国立アレルギー・感染症研究所の所長。
    https://www.c-span.org/person/?anthonyfauci 本文に戻る
  • ファクターX
    「未知の要因」のこと。本稿では日本人のコロナ患者数・死亡数が少ないことを説明できる「まだ知られていない理由」。iPS細胞の山中伸弥教授がこの文脈で使った。
    TOKYO FMの山中伸弥医師インタビュー:https://news.yahoo.co.jp/articles/9b75b4ebfb02bf43f1593a1508ee8d4f386b31e7 本文に戻る
  • CDC
    疾病対策予防センター(公式訳語なし)。米国のものが有名だが、中国、韓国でも設立されている。
    米国CDC:https://www.cdc.gov/ 本文に戻る
  • リスコミ:リスク・コミュニケーション。リスクに関する正確な情報を関係者間で共有し意思疎通を図る方法。 本文に戻る
  • 感染研:国立感染症研究所
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/ 本文に戻る
  • グラム染色
    細菌を色素によって染め分ける方法の一つ。臨床医療の現場で入手しやすい器具と染色液で簡便に実施可能で、採取された喀痰や尿などの検体に細菌がいれば、数分の手技でその特徴を光学顕微鏡で観察できるので、感染症の原因菌の推定方法として基本的かつ有効な方法。県立中部病院では初期研修医が最初に身につける技術の一つ。
    日本臨床微生物学会誌より
    http://www.jscm.org/journal/full/02504/025040265.pdf 本文に戻る
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